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福井地方裁判所小浜支部 昭和35年(ワ)10号 判決

原告 佐藤寛

被告 嶺南食糧販売協同組合

主文

被告が原告に対し昭和三四年八月二二日付書面を以てなした解雇の意思表示は無効であることを確認する。

被告は原告に対し金一三〇、三八〇円及びこれに対する昭和三五年五月二三日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え。

被告は原告に対し昭和三五年五月一日以降昭和三七年一一月六日迄毎月末日限り一ケ月金一三、〇三八円の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨並びに被告は原告に対し昭和三五年五月一日以降本件雇傭関係終了に至るまで毎月末日限り一ケ月金一三、〇三八円(訴状請求の趣旨に一二、〇三八円とあるは誤記と認める。)の割合による金員を支払えとの判決並びに金員の支払を請求する部分に限り仮執行の宣言を求め、請求の原因としてつぎのとおり述べた。

一、原告は昭和三一年一月七日被告組合小浜営業所の職員として期間の定めなしに雇傭され、爾来同営業所において会計主任の業務に従事していた。

二、そのうち被告は原告に対し昭和三四年八月二二日付書面を以て同月三一日限り解雇する旨予告解雇の意思表示をなし、当時原告はその書面を受領した。

三、然しながら右解雇は中小企業等協同組合法第四五条に違反し無効である。

即ち被告は同法に基き設立された組合であるから同法の規制をうくることはいうまでもない。ところで同法第四五条第一項は「組合員は、総組合員の一〇分の一以上の同意を得て、理事に対し、参事又は会計主任の解任を請求することができる。」と規定し、第二項は「前項の規定による請求は、解任の理由を記載した書面を理事に提出してしなければならない。」と規定し、第三項は「第一項の規定による請求があつたときは、理事会は、その参事又は会計主任の解任の可否を決しなければならない。」と規定し、第四項は「理事は前項の可否の決定の日の七日前までに、その参事又は会計主任に対し、第二項の書面を送付し、且つ弁明する機会を与えなければならない。」と規定し、参事又は会計主任の解任手続を定めている。そしてこの規定は従業員たる身分を保持しつつ単に会計主任の地位を剥奪する場合は勿論、解雇に伴い当然に会計主任たる地位が解任されることとなる場合にも適用がある。然るに被告組合は前記法条第一項所定の解任請求がないのに、仮にあつたとしても第二項以下の手続を経ないで会計主任たる原告を解雇した。もとより同法条は効力規定であるから、同法条の規定する要件を充足しないでなされた解任ないし解雇はその効力を生ずるに由ないものといわねばならない。

四、仮に右主張が理由ないものとしても、前記解雇は権利行使の正当なる範囲を逸脱したものであつて、いわば解雇権の濫用に属するので、同じく無効である。

(1)  前記解雇は訴外山田清吾の訴外沢田嘉晴に対する私的排撃心を満足させるためになされたものである。その経過はつぎのとおりである。即ち右両名は元来不仲の間柄にあつたところ、たまたま昭和三二年中訴外小浜食糧販売企業組合大手町配給所において多額の欠損金を生ずるという事件が起きた。それで同組合の理事長たる前記山田は右欠損は同配給所の主任たる前記沢田の横領ないし背任行為に基因するとして同訴外人を当局に告訴した。然し取調べの結果沢田にはその嫌疑がないとの理由にて同訴外人は不起訴処分に付された。そこで山田は憤懣やる方なく、この上は沢田の近親者たる原告に対しその民事上の責任を追求することによつて沢田に対する敵慨心を満足させようと考えた。そして原告が沢田のために訴外組合に対し昭和三〇年六月頃保証書を差入れているのを奇貨として、前記欠損金の発生は沢田の職務上の故意ないし過失に原因するのであるから、原告は身元保証人としてそのために生じた訴外組合の損害を賠償すべき責任があるとなし、原告を債務者として小浜簡易裁判所に対し支払命令の申立をなし、同裁判所はこれを容れてその旨の命令を発するに至つた。原告としては身元保証の趣旨にて前記保証書を差入れたものではないので、これを不服として異議の申立をなし、該事件は通常の訴訟事件として福井地方裁判所小浜支部に係属するに至つた。(本件と併行して目下審理中)その後山田は原告に対し脅迫的言辞を用いて右異議申立の取下を迫つたが、拒否されて遂にこの計画も失敗に終つたので、自己がたまたま被告組合小浜営業所長の地位をも兼ねていることを奇貨として、原告の被告組合における従業員たる身分を剥奪することによつて、一矢を報えようと考えるに至つた。それで山田は被告組合に対し当時その旨執拗に進言し、被告組合亦その甘言に乗ぜられて同調し前記のとおり解雇通告書を発するに至つたのである。

(2)  仮に前記解雇が私的排撃心の満足と無関係であつたものとしても、本件解雇は原告の裁判上における権利行使を抑圧する目的を以てなされたものであることは争いえない。いうまでもなく裁判所において裁判を受ける権利は憲法上何人にも保障されているところである。而も本件の場合は原告の被告組合における職務とは何等の関係もない原告と訴外組合間の金銭上のいわば私生活上の紛争である。さような紛争があることを理由に解雇の方法を利用するなどというが如きは民主主義下の今日到底許さるべくもない。

(3)  なお被告は解雇の理由として勤務成績不良ないし無断欠勤或いは勤務時間中における無断退席をも挙示しているけれども、これらはいずれも解雇後にその理由を構成するため案出した詭弁にすぎない。(もとより原告にはそのような事実は全くない。)

五、かようなわけで前記解雇の意思表示は無効であるから、原、被告間の労働契約関係は依然として存続している。然るに被告は前記解雇の通告によつて原告が被告組合の従業員たる身分を喪失したと強弁し、昭和三四年九月一日以降の賃金並びに同年夏季及び冬季各一時金の支払いを拒否している。ところで原告の解雇当時における賃金は別紙賃金表記載のとおり手取額にして月一三、〇三八円(毎月末日払)又一時金は夏季、冬季共右一ケ月賃金相当額であつた。

六、よつて原告は被告に対し前記解雇の意思表示が無効であることの確認を求める。

併せて昭和三四年九月一日以降本訴提起の前月たる昭和三五年四月三〇日迄八ケ月分の賃金合計金一〇四、三〇四円と昭和三四年度夏季及冬季各一時金合計金二六、〇七六円以上合計一三〇、三八〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降完済迄民事法定利率による遅延損害金の支払を求めると共に本訴提起の当月たる昭和三五年五月一日以降雇傭関係終了に至るまで毎月末日限り金一三、〇三八円の割合による賃金の支払を求める。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。

一、原告主張の一の事実は認める。

二、同二の事実も認める。

三、同三の事実中被告が原告主張の法律に基き設立された組合であること、原告が被告組合小浜営業所会計主任の地位にあつたことは認める。その余は全部争う。

四、同四の事実中後記この点に関する被告主張事実に反する点は全部争う。

五、同五の事実中原告主張の賃金並びに一時金の支払をしないこと及び原告の賃金並びに一時金(履行期共)が原告主張の当時主張のとおりの額であつたことはいずれも認める。その余は全部争う。

六、本件解雇についてはつぎのような事情が存する。即ち

(1)  訴外小浜食糧販売企業組合大手町配給所においては昭和二九年中に合計九〇〇、〇〇〇円余の欠損金を生じた。そのうち七七〇、〇〇〇円余は同配給所主任沢田嘉晴が業務上横領したもので、その余の一三〇、〇〇〇円余は同配給所における不正貸付金であつて、いずれも同訴外人の責任に帰すべき筋合のものである。当初同訴外人はその責任を自覚し右損害金のうち合計四五〇、九〇九円を逐次内入弁済したが、残債務四五二、五七八円(現在御庁において訴外組合が原告等保証人を相手方として係争中)については漸次その履行を怠り、遂には訴外組合に対し反抗的態度を持するに至つた。原告は訴外沢田の親戚関係にある者として同訴外人のためにかつて身元保証をした事実がある。従つて原告としては沢田に対し反省を促し、早急に弁償を履行するよう勧告するのが当然であるのに、沢田に同調して理由のない反抗を試みるが如きは保証人として著しく信義に欠ける態度であつて許し難い。ところで被告は訴外組合と営業上不可分の関係にあつて、同組合との親疎の関係如何によつては経済上多大の不利益をうくる立場にあるので、さような不正行為者の応援に狂奔するが如き者を被告組合内に温存することは延いては企業を破壊に導くものであつて到底容認しえない。

(2)  のみならず原告の勤務成績は極めて不良である。殊に昭和三四年六月頃以降は無届欠勤が毎月数回、又勤務時間中に三、四時間無断退席すること毎月一〇数回に及ぶ状況であつて到底黙視し難い。

元来期間の定めのない労働契約関係にあつては使用者に対し解雇の自由が保障されている。その上原告の身辺には右のような諸事情が存するのであるから、これを企業内から放逐することを目して解雇権を濫用するなどと批判さるべき理由は全くない。

かようなわけで本件解雇は有効であるから、通告書の内容に従い原告は昭和三四年八月三一日限り被告組合の従業員たる身分を喪失したものといわねばならない。それ故被告は爾後の賃金ないし一時金を支払わねばならぬ義務は全くない。

よつて原告の本訴請求には応じ難い。

(証拠省略)

理由

請求原因一、二の事実は全部当事者間争いがない。

よつて本件解雇の効力について検討を加えることとする。先ず原告は本件解雇は中小企業等協同組合法第四五条に違反するから無効であると主張する。

然しながら仮に原告が同法にいわゆる会計主任の地位にあつたとしても(原告が被告組合小浜営業所の会計主任の地位にあつたことは当事者争いがないが、弁論の経過に鑑みるときは原告が同法にいわゆる会計主任の地位にあつた趣旨において主張し、被告亦その趣旨においてこれを認めたものとは解し難い。)会計主任は組合の使用人に外ならないから、選任権者である理事会においてその解任をなしうることは勿論であつて(同法第四四条参照)、同法第四五条はただその専権を封ずる趣旨において少数組合員に対し一定要件の下にこれが解任請求の権利を付与したものであると解され、会計主任を解任ないし解雇するには必ず同法条所定の手続を履践せねばならぬことまでを規定したものではないこと多言を要しない。それ故にこれと異る見解を前提とする原告の右主張はその余の判断を経るまでもなく採用できない。

つぎに原告は本件解雇は権利の濫用に属するから無効であると主張する。

よつて案ずるに成立に争いのない乙第一号証と原告本人の供述によれば、訴外小浜食糧販売企業組合は金四五二、五七八円の損害金の支払を求めるため昭和三四年六月原告と訴外河原鉄太郎外三名を債務者として小浜簡易裁判所に対し支払命令の申立をなし、当時同裁判所はこれを容れてその旨の命令を発したところ、右債務者等全員はこれを不服として同月二七日異議の申立をなしたことが認められ、その結果該事件が昭和三四年(ワ)第一四号損害賠償請求事件として福井地方裁判所小浜支部に係属するに至つたことは当裁判所の熟知するところである。

そして証人畑野音吉の証言によれば、被告組合がこのような裁判沙汰があることを覚知したのは昭和三四年七月七日中村書記が事務上のことで小浜に出張し、前記訴外組合を訪れた際、組合長山田清吾(被告組合小浜営業所長の地位をも兼ねている。)からその間の事情を聴取してその内容を被告組合の常勤理事にして且つ理事長代行をも勤める前記畑野証人に報告したことによることが認められ又中村書記はその際訴外沢田嘉晴が前記訴外組合の大手販売店に勤務中欠損金を出し、月賦弁償していたが、漸次誠意を失い又原告は訴外沢田のために連帯保証をしておりながら全然誠意を示さないので支払命令をかけたところ、異議の申立をなし、言動も荒くなり且つ仕事にも誠意がなくなつた旨報告したことも認められる。

ところでその後の経過の点につき前記畑野証人は「自分は翌八日実態調査のため小浜に出張し、原告等が差入れたという連帯保証誓約書(乙第三号証)を閲し又山田組合長その他から事情も聴取した上、原告を別室に呼び、連帯保証の誓約書を入れておきながら何故協力しないのか、連帯保証の債務がないというのが正しいことなら、取次いでやるから本当のことをいつてくれないか、若し他の者が異議申立をしたから自分も一緒にするというのであるならば、あなたは他の者とちがつて被告組合の職員であるから不信な動機で訴外組合に迷惑をかけることはできないと思う、この点よく考えて貰いたいと忠告した、その後原告から何の返答もないので八月一七日その心況を知るため再び小浜に出張したら、原告は朝一時間程事務所にいてその後外出し、帰所の時刻が分らないというので四時過ぎに辞去した、八月二一、二日頃電話連絡により原告が敦賀の被告組合本店を訪ねてきたので、原告に対し連帯保証の債務があるかないか又沢田とグループにならないで中立的になれないかと尋ねたら、原告は沢田と行動を共にするといつたので、自分は連帯保証の誓約書を入れておきながら白々しい不信な態度を続けるなら仕方がないし、仕事も勤まらないから辞めて貰うといつた」旨供述している。

一方証人沢田嘉晴は右七月七日の件に関し「同日調査のため小浜に来た中村書記は山田組合長には会つたが、自分には会わせてくれないので、汽車で同書記を追つて敦賀に出向き畑野理事に事情を話したところ、同理事は原告は仕事もするし惜しい人間だが、山田組合長が馘にするというし又訴外組合から除名されるようなことをした者は被告組合でも使用できないといつた、なおお前等が異議申立を取下げさえすればよいのだともいつた」旨供述している。

又原告本人は七月八日の件につき「同日畑野理事から君は会計上何等の欠点もないが、訴外組合を除名されたことは不都合である、訴外組合と被告組合とは密接な関係にあるから、君も責任上辞めて貰いたいといわれた、なお異議申立したのをやめろともいわれた」旨供述している。

以上各証人、本人の供述内容は一部そごし又誇張した部分が存することは否みえないけれども、これを綜合し、なお成立に争いのない甲第五号証をも参酌するときは、被告組合は原告を解雇することにより原告に対し支払命令に対する異議の申立を取下げて保証債務の履行につき誠意を示すよう期待したものであることは争いえないであろう。

ところで原告が負担したという右保証債務の件というのは前記各証人等しく述べているように原告外四名が訴外組合に対し昭和三〇年六月一八日当時訴外組合大手町販売店に勤務していた前記沢田及び訴外出口善蔵両名が将来職務上の義務に違背し訴外組合に対し損害を与えた場合には両名のため全員連帯してその賠償をなすべき旨の誓約書(乙第三号証)を差入れたことをいうのである。

ところが前記乙第一号証及び前記各証人の証言によつて明らかなようにその後昭和三二年一二月一三日前記販売店につき棚卸しを試みたところ、現金、商品共相当額の欠損を生じ、訴外組合はその欠損額は金九〇三、四八七円(うち金四五〇、九〇九円の弁済があつたので残額は金四五二、五七八円)に上り、原告等保証人は右約定に従い全額これが賠償の責任があると主張して、訴外沢田、同出口或いは原告等保証人に対しその弁償を迫つていたような事情にあつたのである。

然し一方前記沢田証人並びに原告本人及び証人出口善蔵の各供述によつて原告側の言分に耳を傾けると、右誓約書は山田組合長から保証人数名を付すべきことを要求して訴外沢田に手交されたので、沢田は訴外出口と共に手分けして原告や前記河原鉄太郎その他の親戚、知人を歴訪して、原告等から記名、押印を徴した上、山田組合長に差入れられたという事情にあつた関係上、相互に親しい間柄にあることとて又将来迷惑をかけるなどとは予想もしていなかつたこととて、沢田、出口において保証の趣旨を原告等に十分説明しなかつたきらいがあつたので、原告等保証人は当初から訴外組合主張の趣旨の保証はしたことがないと主張してその履行を拒否していたことが明らかにされる。

案の定この件が前述のように訴訟事件として係属するや、原告等保証人は右の点を強調して訴外組合主張の趣旨の保証契約は成立していない、仮に成立したとしても該契約には要素の錯誤が存する旨主張し、その他組合主張の損害は沢田等の責に帰すべき事由に基くものではないことや損害の有無、額、弁済の効力等に至るまで各種抗弁事実を主張して極力抗争し、事案まことに複雑、その内容自体訴訟による解決が望まれるものであることは当裁判所親しく関与し知悉しているところである。

又成立に争いのない甲第四号証の一、二及び前記沢田、出口各証人並びに原告本人の各供述を綜合すると、つぎのような事実も認められる。即ち、

(1)  原告等保証人は山田組合長から前記保証債務の履行を厳重督促され、殊に原告はその親元迄督促状を郵送されるということもあつたので、これに堪えかねて前記沢田宅に集合し、ともかくも金一〇〇、〇〇〇円を出金して円満解決を以て臨む方針を決め、昭和三四年五月三一日原告と前記河原とが各金五〇、〇〇〇円づつ醵出し合計金一〇〇、〇〇〇円を訴外組合に弁償したこと、

(2)  ところが訴外組合は前述のように間もなく支払命令の申立をして強硬手段に出でたこと、そして原告等保証人が異議申立をするや、山田組合長は原告等の親元に対して迄もその取下を要求したり或いは沢田に対し該申立取下を内容とする文案を示して代書人の許に赴くべき旨強要したりしたこと、

(3)  ついで山田組合長は七月一六日には組合の臨時総会を招集して(その招集状は七月六日に発送した)、訴外組合の組合員でもある前記沢田、出口、原告、河原等四名の除名を議案として提出し、流会となるや、七月三一日更に第二回の臨時総会を開いて(その招集状は七月二〇日に発送した)、右四名の除名を強硬決議し、その間自ら右四名は組合に対し矢を放つたとか宣戦を布告した等説示したりしたこと、

(4)  このようにして訴外組合側は相次いで強引なる措置に出で、相手方の感情を刺戟するようなことがあつたので、両者は益々その態度を硬化し、それに山田組合長と沢田とが私生活の面で昭和三〇年当時から互に不和の間柄にあり又沢田と原告とが親戚の関係にあつたという個人的な感情も手伝つて、おそくとも解雇当時においては当事者だけでは到底円満解決を望みえない事態に迄進展していたことが認められるのである。

以上のような状態であるから、この点からいつても両者間の紛争は当然訴訟による解決が期待されていたということができる。

以上の各認定をくつがえすに足りる資料はない。

ところでこの紛争は訴外組合とその組合員である原告等間のもので、いわば一企業体内部の内輪もめともいいうる事案である。而もその内容は金銭上の争いで且つ被告組合における原告の職務とは何等の関係もない。従つて被告組合とすればこの紛争については全くの第三者たる立場にあるわけである。

そうとすれば被告組合は仮令自己の使用人がその紛争の渦中にあるとしても、その紛争が内容、態様いずれの点からしても前述のように訴訟による解決が所期される段階に達していた以上、節度を弁えた仲裁の程度なら格別、その限度を超えてみだりにその紛争に介入するが如きことは厳に慎まねばならない。

尤も被告組合と訴外組合とは営業上卸、小売の関係にあることが証人山田清吾の証言によつて認められ、被告組合としては訴外組合のために協調してゆかねばならぬ立場にあることは察せられないでもないが、それにしてもただそのような関係が存することを理由に解雇というが如き紛争当事者一方の死命を制するが如き挙に出ずることは断じて許されない。若しかかることが許されるものとすれば、被解雇者は裁判上における権利の行使を断念し、法的紛争を訴訟外で解決するの余儀なからしめるに至るべきことは十分予想されるところである。ましてや証人松見初男の証言によつて明らかなように被告組合小浜営業所は所長を含め職員が僅か三名程で、組合も結成されていない実情にあるのであるから、被解雇者に与えられるべき苦痛はなみなみならぬものがあるものと思われる。

そしてこの不介入を維持することにより、被告組合としてはその解決をみるまで多少共事務処理上不便を忍ばねばならぬこととなるけれども、現実には紛争というものが避けられない以上又これが法的解決のために訴訟手続なるものが設けられている以上それも止むをえないことといわねばならない。

又被告組合が本件解雇の道を選んだについては原告等保証人の態度が著しく信義に反するとする正義感に出でたことは畑野証人の供述によつて窺いえないわけではないが、それも労資関係についてのおくれた意識から発したものと解せられないでもないし、のみならず原告が誓約書を入れているということ自体を過信し或いは組合理事者側の提供した資料のみを一方的に重視して、原告に保証責任があり而も全額弁償の責任ありと即断したきらいがないでもないので、そのようなことは本件解雇を正当化するものでないことはいうまでもない。

更に被告は原告の勤務成績が極めて不良であつたと主張する。

然しながら仮にその点を解雇理由として参酌したとしても、解雇に値する程の勤務振りであつたことは被告の全立証によつてもその証明が十分でない。ただ前記山田、松見証人並びに証人武田菊太郎の各証言によれば、昭和三四年六月頃以降は従前より仕事に熱意を欠くに至つたことが認められるけれども、それも畑野証人が「それは無理もないことで、支払命令に対し異議申立をしたということも手伝つて敵味方になつているような状況であるから、断らずに欠勤することもありうると思つた」旨供述しているとおりの事情にあるやと察せられるので、この点は未だ以て解雇に値する程の事由とはなし難い。

叙上説示の理由により本件解雇はその正当なる行使の方法を著しく誤つたものであつて、無効たるを免れない。

従つて原告は引続き被告組合の従業員たる身分を保持しているものといわねばならない。

そして被告組合が昭和三四年九月一日以降の賃金並びに同年夏季、冬季各一時金の支払をしていないことは同被告の認めて争わないところであつて、解雇当時における原告の賃金が原告主張のように手取額にして月金一三、〇三八円(毎月末日払)、又一時金が夏季冬季共右同額であつたことは当事者間争いがないので、被告は原告に対し昭和三四年九月一日以降本訴提起の前月たる昭和三五年四月三〇日迄八月分の賃金合計金一〇四、三〇四円と昭和三四年度夏季及び冬季各一時金計金二六、〇七六円以上合計一三〇、三八〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和三五年五月二三日以降完済迄年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あること勿論である。

つぎに昭和三五年五月一日以降の将来賃金(一部は履行期が既に到来している)の請求について検討する。

いうまでもなく将来の給付の訴は予めその請求をする必要がある場合に限り許容される。ところで労働契約関係は概して永い将来に亘る法律関係であつて、その間その内容たる賃金額等において絶えず変動があることはその性質上免れえないところである。例えば随時定期、臨時の昇給があり又税率、各種保険料率の変更に伴う賃金額の変動があり、場合によつては家族の異動による扶養手当額の増減或いは欠勤による減給等がありうる。従つて本件のように現在額を以て将来賃金を確定してしまうことは、それが永い将来に亘れば亘る程労働者にとつて概ね不利益となるであろうし又これを本意とするものでもあるまい。又使用者側としても仮令確定判決があつても、それは労働関係の継続ないし労務の提供を前提とするのであるから、将来この点が争いとなつた場合にはその執行力を排除するため或いは過払金の返還を求めるため永い期間に亘つて請求異議、執行異議その他の形で提訴するの不便を忍ばねばならない。

それ故にこの種法律関係については相当期間を限つて将来給付の訴を許容するのが相当である。雇傭関係終了迄などという永い将来に亘つてまで債務名義を形成しておく必要は毫もない。このために労働者は一定の期間毎に将来給付の訴を提起するの煩を忍ばねばならないがそれも止むをえない。

ところで本件においては訴提起の当月たる昭和三五年五月一日以降雇傭関係終了に至る迄の将来賃料を請求している。然しながら叙上説示事項を顧み又本件はその実生活費の請求に外ならないけれども、原告は昭和三四年一二月一八日賃金仮払の仮処分をえて後現在迄二年有余の間、被告組合の就労拒否にあつて不就業のまま、該仮処分に基き毎月金一三、〇三八円、二年間としても合計金三一二、九一二円に上る賃金の仮払をえているものと考えられるのであるから、今日においては一応生活上の不安に対処する準備を整ええたであろうと思われること(さような仮処分の発令があつたことは当事者間争いがなく、不就業の点は原告本人尋問の結果に徴し明らかである。)、一方この際本件紛争につき始めての公権的裁断が下されることとなるので、被告組合としても新たな見地から従来の態度につき反省を試みるであろうことが予想され、従つて場合によつては将来賃金につきその履行が期待できないでもないこと(解雇無効の判決確定後も賃金不払を継続する意思はなかろうし又原告としても今のところその分迄を訴求するつもりはなかろうと思われる。)その他諸般の事情特に将来賃金とはいうものの諸般の事情に災いされて審理が延引し、その相当部分が既に既存債権と化していることをも考慮するときは、本件の場合は訴提起後二年六月間に限り従つて昭和三七年一一月六日迄の賃金につき予めこれが請求をするの必要が存するものと解するのが相当である。

従つて被告は原告に対し前記賃金の外に昭和三五年五月一日以降昭和三七年一一月六日迄毎月末日限り金一三、〇三八円の割合による賃金をも支払うべき義務あるものといわねばならない。

よつて原告の本訴請求は解雇の無効確認を求める部分と昭和三四年九月一日以降昭和三五年四月三〇日迄の賃金、一時金合計金一三〇、三八〇円とこれに対する昭和三五年五月二三日以降完済迄年五分の割合による遅延損害金並びに昭和三五年五月一日以降昭和三七年一一月六日迄毎月金一三、〇三八円の割合による賃金の支払いを求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但し書、第九五条を適用し、仮執行の宣言についてはこれを付する必要がないものと認めて却下することとし主文のとおり判決する。

(裁判官 中久喜俊世)

(別紙省略)

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